第1回

【連載】第1回 国際天文基準座標系(ICRS/ICRF)

準天頂衛星の打ち上げ等により、衛星測位が地球上の位置を決める大きな役割を果たすようになりました。
 位置を決める仕組みは、座標系によって定められています。この連載では、衛星測位によって地球上の位置を決める仕組みについて解説を行います。まず、今回の第1回では、宇宙空間の中での地球の位置を決めるICRS/ICRF(注)について解説します。次いで、第2回以降では、地球上の位置を決めるITRS/ITRF、WGS84座標系、準天頂衛星の座標系であるJGSなどについて解説します。最後に、ISO/JISや測量法で定められた楕円体座標系等について解説します。
 
 (注)この話では座標系の名前などで英語の略語がたくさん出てきます。フルの英語名はかなり長いので各回の最後に略語集として載せることにします

1. 座標系とは

 座標系は、物事を具体的に測ったり比べたりするときの基準となるものです。測量やナビゲーションで知りたいのは地球上の位置であり、位置は何らかの基準に則って測り表記しなければなりません。「基準」が違えば、数値も表記法も違ってきます。違う基準を使っていると数字が違うので比較も難しく正しいかの検証も大変ですが、地球上の位置に関する基準=地球座標系については、現代では幸せにも世界標準があります。いわゆる「世界測地系」がそれにあたります。ただし、現在の座標系体系は地球座標系といっても、それだけでは閉じていません。地球は太陽系の一員であり、太陽系も銀河系の中を回っています。そのため地球外の天体の観測の基準となる天体座標系と地球座標系が理論的に矛盾なく結ばれて高精度な座標系体系が構築されています。まずは、天の座標系から入っていきましょう。

2.天体座標

 昔、航海者は太陽や星を見て自分の位置を知り、船を操りました(ナビゲーションの本来の意味)。地上でも方向の基準は太陽や星でした。天体の観測から北や東という座標軸の方向を決めたのです。現在のナビゲーションは星の代わりに人工衛星を見ますが、本質的には地球座標系の軸は天体観測から決まります。
 天球座標系は、天体の位置を表す基準となるものです。座標系は基準となる面と方向の取り方によっていくつかの種類がありますが、ここでは地球座標系と密接な関係のある赤道座標系について説明しましょう。
 赤道座標系の基準面は天の赤道で地球の赤道面を延長して天球に投影したもの、天の北極(南極)は地球の北極(南極)を天球に投影したものです。経度零方向を春分点といい天の赤道と黄道(天球上の太陽の軌道=地球の公転面)との交点です。赤道をxy平面とすれば天の北極はz軸、春分点方向はx軸となります。星の位置は、地球の(経度、緯度)に対応して(赤経、赤緯)で表します(図1)。ただし、ご存知のように地球の自転軸の方向は不変ではなく動いています(歳差・章動)。そのため観測時期が違うと星の位置がずれることになります。従って、座標系を定義するためには準拠する日時(元期)を指定しなければなりません。
 現代は、測量の世界ではcm測位の時代ですが、天文の世界でもmas(1/1000秒角)以下で星の位置を決めることができます。そのため正確で精度の高い天文座標系の必要性が認識され、20世紀最後半から新しい座標系の構築が始まりました。現在は、世界標準の座標系が国際的に科学者の合意のもとに作られています。それがICRS/ICRF(国際天文基準座標系)です。

 

連載

図1 赤道座標系

 

  ここでプレーヤーを紹介しましょう。天文学に関する国際的な取り決めや提案はIAU(国際天文学連合)がとりまとめて決定しており、新しい天文のための座標系構築もIAUの指導のもとに進められています。実務を行うのがIERS(国際地球回転・基準系事業)で、この組織はIAUと地球科学の国際的組織であるIUGG(国際測地学・地球物理学連合)の共同のもとに設立されました(1987年)。IERSは、われわれに直接関係するITRS/ITRF(国際地球基準座標系)の構築も担っています。基準系は、国際天文学連合が出した決議に基づいて構築されています。最新の理論・観測から基準系はこうあるべし(のが望ましい)と勧告するのが決議です。図2に国際基準座標系にかかわる組織の関係を示しました。IAG(国際測地学協会)は国際的な測地学者の組織で、国際的な宇宙測地観測をとりまとめるIGS(国際GNSS事業)やIVS(国際VLBI 事業)などを持っています。

 

図2.国際基準座標系構築にかかわる組織

図2.国際基準座標系構築にかかわる組織

 

 さて、上で述べたように現在の基準系の名前は、日本語では国際天文基準座標系と一つしかありませんが英語ではSystemとFrameが区別されています。これは地球の座標系に関しても同様で重要なことなので説明しましょう。

 Systemは、その座標系はどのように作ればよいかを記述したものです。原点と座標軸を定義し、それを実現するために必要な理論モデルや常数、観測値の取り扱いなどを決めています。つまり、座標系の定義にあたります。
 Frameは、具体的な座標値を持った基準点の集まり(カタログ)です。定義に合うように基準点に座標値を与えるので、座標系の実現と呼ばれます。ユーザーはそれら基準点の座標を基準にして様々な観測・測定を行うわけです。

2.1 ICRS

 ICRSは以下のようなIAUの決議に基づいて構築されています。
・原点は太陽系重心、各軸の方向は宇宙の遠くの天体(主にクエーサー)に関して固定。
・基準面(赤道面)と赤経零方向はJ2000.0(2000年1月1日12時TT)における(以前の座標系の)平均赤道、春分点に可能な限り一致させる。
 ここで注釈が必要でしょう。以前の座標系は地球や惑星の動きから春分点や赤道を決めて、星の位置は光学観測から決められていました(FK5(第5基本星表)システム)。20世紀後半から発展したVLBI(超長基線電波干渉計)によって精度は何十倍も向上し、宇宙の遠方にある天体を基準とした慣性系により近い(回転しない)新しい座標系の構築が可能になったのです。また、太陽系重心から見たクエーサーの方向は、アインシュタインの一般相対論を基にモデル化した観測方程式から決定されます。一般相対論によると時間の歩みは重力ポテンシャルによって異なるため、どこで測るかを指定しなければなりません。TT(地球時)とあるのは地球表面(ジオイド)上の時間のことです。

2.2 ICRF

 ICRFは、銀河系外電波源の位置(赤経、赤緯)のカタログです。最初のICRFは、1995年につくられ608個の電波源からなります。そのうち212個はICRSの軸を決定するのに使われた定義電波源と呼ばれるものです。その後、第2世代の座標系ICRF2が2009年に構築されました。ICRF2は3414個の電波源からなり、そのうち295個が定義電波源です(図3)。電波源位置の不確かさは0.1mas以下、軸の方向は0.01mas以内で安定であると見積もられています。0.01masは、地球の回転軸が極で約0.3mmずれることに相当するので、非常に安定な座標系が実現されているといえます。


図3.ICRF2の定義電波源295個の天球上の分布 (A. L. Fey et al. 2015 AJ 150 58 doi:10.1088/0004-6256/150/2/58より)

図3.ICRF2の定義電波源295個の天球上の分布               (A. L. Fey et al. 2015 AJ 150 58 doi:10.1088/0004-6256/150/2/58より)


略語集
FK5  Fifth Fundamental Catalogue: 第5基本星表
IAG  International Association of Geodesy: 国際測地学協会
IAU  International Astronomical Union: 国際天文学連合
ICRS/ICRF  International Celestial Reference System/Frame: 国際天文基準座標系
IDS  International DORIS Service: 国際DORIS事業
IERS  International Earth Rotation and Reference Systems Service: 国際地球回転・基準系事業
IGS  International GNSS Service: 国際GNSS事業
ILRS  International Laser Ranging Service: 国際レーザー測距事業
ITRS/ITRF  International Terrestrial Reference System/Frame: 国際地球基準座標系
IUGG  International Union of Geodesy and Geophysics: 国際測地学・地球物理学連合
IVS  International VLBI Service: 国際VLBI事業
mas  milliarcsecond: 1/1000秒角
TT  Terrestrial Time: 地球時
VLBI  Very Long Baseline Interferometry: 超長基線電波干渉計
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