連載

第4回 天体座標系と地球座標系との関係

4.地球座標系の向き

 地球の座標系を作るとき、軸の向きはどのように決められたのでしょうか。前回お話ししたように、Z軸は自転軸、XY平面は赤道面となりますが、XZ平面は慣用的にグリニッジ子午面(X軸方向が経度0°)にとります(図1)。

図1

図1. 地心直交座標系

 ITRSの軸は、定義から初期値は1984.0におけるBIH系の軸にあわせ、その後はNNRの条件を満たすように決められています。【注】BIH及びNNR(no net rotation)は前回ふれたところです。
 それでは、今現在のITRSとICRSの関係はどうなるでしょうか。つまり地殻固定の座標系の軸(ITRS)とクエーサーから決められた天体座標系の軸(ICRS)との関係です。軸の向きの変換は、原点の周りの座標系の回転で表すことができます。従って、ITRS(原点は地球重心)とGCRS(地心天体基準座標系、ICRSと軸の向きは同じ)とがどういう回転で結び付けられているかということになります。一番単純なモデルを考えましょう。自転軸の位置は固定、自転速度は一定、また、プレート運動もない場合です。すると、地球座標系の軸は地球に固定されZ軸は常に自転軸と一致しています。二つの座標系の軸の向きの違いは、元期での差とその時点での地球自転分だけの回転となります。しかし、実際は様々な原因により地球の自転軸の向きは地殻に対しても宇宙空間に対しても一定ではありません。また、自転速度も変動しています。この変動はきわめて複雑な現象で、永年的な変化もあれば、周期的に変動する成分もあります。また、周期も1日以下から何万年まで多岐にわたっています。
 回転の変動は、次の3つの成分に分けられています:1)自転軸のICRSに対する動きである歳差・章動、2)1日の長さ(LOD)の変動に関係する自転速度の変化、3)自転軸のITRSに対する動きである極運動で、これらの3つは、「地球回転パラメータ」と呼ばれているものです。以下、それらの話に進みます。

4.1 歳差・章動

 地球は完全な球体ではなく、赤道部分がわずかに膨れています。そこに太陽や月からの引力が働くと重心に働く力との差(潮汐力)からトルクが生じて自転軸が首を振るように動きます(図2)。その結果、自転軸は自転の向きとは逆に約25800年の周期で回転します。これが歳差で、現在北極星に向いている軸の方向がだんだんずれることになります。また、太陽や月は位置を変えてゆくため小振幅の様々な周期の変動が重なり章動と呼ばれます。そのうち最大のものは月の運動によるもので、周期約18.6年、振幅約9″となっています。

図2. 地球に働く力と歳差・章動

図2. 地球に働く力と歳差・章動

4.2 地球自転

 地球は約24時間で1回転しますが、自転速度は一定ではありません。自転速度および1日の長さ(LOD)は、海洋潮汐、地球潮汐、大気の循環、地球内部の影響及び月の公転運動への角運動量の移動などの影響で変動しています。図3は、長期間におけるLODの変化を示したものです。1600年から2000年までの400年間に約0.012秒長くなっています。
 地球自転の変動は、UT1-UTCという量で表せます。UT1は観測から得られた地球自転角による世界時、UTCは原子時計によって管理される協定世界時です。地球自転はかつて時刻の基準でしたが、現在は原子時計が基準となっています。その二つに関しては、時々話題になる「うるう秒」というものがあります。これはUT1とUTCが0.9秒以上ずれないように挿入されるものですが、地球自転の数年‐数10年間の大きな変動が原因なのでLODの長期変動とは直接関係ありません。

図3

図3.  1日の長さの変化:1623‐2000年、縦軸の単位は1/1000秒、基準は86400秒。  (http://hpiers.obspm.fr/eop-pc/earthor/ut1lod/lod-1623.jpg)

4.3 極運動

 自転軸の位置が地殻に対して動く現象です。主な変動は、チャンドラー極運動と呼ばれる周期435日で半径数mの運動です。また、年周変動も観測されています。原因は、大気と水の質量移動、地球の流体核の影響などが考えられています。図4は、1890年から2017年までの極の位置の変化を示したものです(黒い曲線は年毎の平滑値、赤は2014-2016年の実際の位置)。

図4. ITRSにおける極の平均位置           (http://hpiers.obspm.fr/eoppc/eop/eopc01/mean-pole.jpg)

図4. ITRSにおける極の平均位置
          (http://hpiers.obspm.fr/eoppc/eop/eopc01/mean-pole.jpg)

4.4 地球座標系(ITRS)から天体座標系(GCRS)への変換

 以上を総合すると時刻tにおけるITRSからGCRSへの変換は、一般に次の式で表わされます。

キャプチャ

ここで、Q(t)、R(t)、W(t)は、それぞれ、歳差・章動、地球自転、極運動に対応した回転を表す行列です。この式の意味するところは以下のようになります。
 まず、ITRSのZ軸を極運動だけ補正して(W(t))、現在の自転軸と一致させます。次に自転軸の回りに地球自転分の回転(R(t))を行い、最後に歳差・章動分の回転(Q(t))を行って自転軸を天球座標系(GCRS)のZ軸に重ねれば変換が完了します。
 実際の計算では中間的な基準座標系(IRS)を考えます。IRSのZ軸は瞬間的な地球自転軸を1日平均したもので、その極をCIPと呼びます。IRSは、現在の自転軸をZ軸とする座標系と言ってもよいでしょう。IRSには二つの顔があり、地球座標系と考えるとその赤道には経度の原点TIOがあります、また、天球座標系とみると赤経の原点CIOがあります。IAUの決議によりTIOとCIOの間の角が地球自転角と定義されています。TIOとCIOは、それぞれITRSとGCRSの経度原点と少しずれるのでその補正を施して変換を行います。IRSを用いた変換を図5に示してあります。IAUの決議の背景には、宇宙技術による高精度観測が可能となり、それを支える正確な座標系の実現と地球自転の厳密な定義が必要になったという事情があります。
 今回は、ITRSからGCRSへの変換について、地球回転パラメータとの関係を解説しましたが、次回は時刻系に関する解説を行います。

ず5

図5. 地球座標系から天体座標系への変換      (ITRS→IRS→GCRS:TIOとCIOの間の角度が地球自転角)

 

略語集

BIH Bureau International de l’Heure  国際報時局
CIO  Celestial Intermediate Origin  中間基準座標系の赤経の原点
CIP  Celestial Intermediate Pole 中間基準座標系の天の極
IRS  Intermediate Reference System 中間基準座標系
LOD  Length of Day 1日の長さ
TIO  Terrestrial Intermediate Origin 中間基準座標系の経度原点
UT1                地球自転角としての世界時
UTC Coordinated Universal Time  協定世界時

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on LinkedInEmail this to someonePrint this page

目次へ戻る