空間データの品質
第2回 測量の不思議
2010年08月24日
筆者は、今から15年ほど前から空間データに携わることになりましたが、それまで、およそ年、電気、建築、医学、プラント等の業界の設計に関係する仕事を行ってきました。
現在、筆者は自治体のコンサルタントを行っていますが、測量に携わって不思議だなと感じたことを述べさせていただきます。
なぜ特記仕様書に主要地物数の明記をしないのか
自治体は、空間データの整備・更新費用の金額が大きいため、予算化に大変苦労されています。しかし、幾つかの自治体の空間データの特記仕様書を見る と、作業機関のリスクが大きく、安くさせる努力が足りないように思います。このため、概算見積で最低価格と最高価格では3倍以上も開きがあることもしばし ばあります。金額の主要を占める作業費は、取得する地物数と入力座標数によって決まると考えています。しかし、積算する作業費の情報が足らないと、作業費 のリスクの安全値を高めに積算することになります。このようなことから、概算見積は、作業費のリスクの安全値によって、見積金額が大幅に変わることが考え られます。したがって、計画機関はもっと情報を提供して、作業機関のリスクを少なくして、金額を下げる工夫をすべきだと考えます。
例えば、岐阜県の25市町村の1/2,500の図郭に含まれる総地物数と、代表的な地物の座標点数の比率を調べてみると次のようになります。
項目 | 平均 | 最高 | 最低 |
総座標数 | 34,931 | 278,098 | 41,389 |
道路 | 10.2% | 17.3% | 4.2% |
建物 | 18.5% | 62.1% | 1.0% |
等高線 | 27.0% | 62.6% | 5.6% |
合計 | 55.8% | 90.1% | 20.9% |
道路、建物、等高線の合計の比率が低いデータを見ると、農村部では、植生界、耕地界、が増え、高低差のある地域では、等高線と人工斜面が多くなっていることが分かります。また、都市部では、道路と建物が圧倒的比率を占めています。
新規整備では、等高線の情報をどのように把握するかが課題として残りますが、道路の延長、建物の棟数、特定地域の開発、区画性事業、耕地整理事業等 を提供することによってリスクが少なくすることができます。また、一般的に作業機関は、更新時における見積において変化率を20%あるは30%として計算 しています。したがって、加除訂正する道路の延長、建物の棟数を提示することによって、従来の見積と比較して大幅な改善を図れる可能性があります。
筆者の経験では、仕様書に主要地物の数量を明記することによって、提示しなかった見積もりより30%程度の削減ができた実績があります。このよう に、地物の数量を特記仕様書に表示することによって、作業機関にとってはリスクの少ない見積を提出することができ、計画機関にとっては契約金額が低く抑え ることができるとすれば、両者にとってメリットは大きいものと考えます。一度試してみてはいかがでしょうか。
作成地物の数量管理は宝の山
筆者は、計画機関の GISのコンサルタントとして、作業機関の社内検査結果を見て、不思議に思うことがあります。それは、多くの作業機関の報告書に地物の総数の明記がないこ とです。JPGISでも、全数検査の場合における誤率の計算の分母は、参照データに含まれるデータ総数または、本来作成すべきデータ総数と記載されてお り、誤率を算出するには必ずデータ総数の管理は必要となります。しかし、抜き取り検査では、サンプリングなので、総数を把握しないで良いようになっていま す。 筆者は次の理由で作成した地物の数量を明示すべきであると考えています。
(1)受託者は、発注者に対して作成した製造物の中身を明示する必要がある。
(2)作成した地物の総数、座標点数は、作業機関の生産管理上の重要な指標である。
筆者は、製造物の中身を明示する必要があるという理由として次のように考えています。
一般産業界では、修理すると、故障の原因、交換部品、追加部品、材料等の数量をはっきりと顧客に明示します。しかし、空間データの新規整備・更新で も、数量の報告がありません。計画機関側からみると、発注した金額が適正であったかどうかを判断するためには、製造物の中身である作成・更新した地物の総 数と座標点数が分かれば、ある程度の評価ができると考えています。また、今後の積算の資料として有効活用できるはずです。計画機関が積算データを持つとい うことは、ややもすると、予算がこれしかないので、これで整備・更新をするようにという無理難題も少なくなるのではないでしょうか。
次に、作業機関の生産管理上の重要な数値であるという理由として次のように考えています。
現在、空間データの作業機関は、自治体からの価格引き下げ圧力、競争や、民間地図の整備コストとの乖離で苦しんでおられるのではないかと推察しております。また、作業機関では、日夜、コストダウンに努力されていることと思います。
筆者が数量を明示する必要があると述べる理由は、生産管理上の情報を得ることによって、生産効率をさらに上げることが可能と考えているためです。
空間データの生産で主要な作業が地物の座標入力とすれば、その作業にかかった作業時間と入力数の関係を見れば、1座標あたりの時間(コスト)が分か ります。もし、入力、編集機器に地物単位の時間を計測する機能を持たせれば、各地物当たりの時間(コスト)も知ることができます。また、地物の作成及び修 正、エラーの修正等の数と時間を管理することによって、コストダウンに向けた原因と対策も図ることができます。このようなデータを積み重ねていくと、標準 時間が出てくることになります。もし、この標準時間を削減しようと生産工程に改良を加えた場合の作業改善時間も得られるわけですから、改良に対する効果測 定もできると考えています。
地物数と座標数を把握することが生産コスト削減の第一歩であることをご理解いただけたでしょうか。
受託範囲と品質検査の関係
作業機関の何人かの管理職の方に、空間データの更新作業における品質の責任は、全域か、それとも、加除訂正の範囲かと質問しました。ほとんどの方 は、“契約上から、加除訂正の範囲”と答えます。それでは、加除訂正の範囲のみを検査する品質検査プログラムは持っているかと聞くと、“ない”と答えま す。しかし、更新データを第三者機関に品質検査に出したところ、加除訂正していないところのエラーを直させられたと、いって不平を言っています。
計画機関、作業機関、第三者機関のいずれも、契約の条件である加除訂正範囲の品質検査方法について、あまり考えていないのではないかと思わざるをえません。
読者の皆さんは、全体の品質検査でも、加除訂正範囲の品質検査でも、大した問題ではないとお考えになるかもしれません。では、この事例でどうお考えになりますか。
品質要求が1%のデータで、元データの地物数10,000、エラー数70、更新した結果の地物数が12,000、エラー数110のデータがありま す。この元データの誤率は0.7%、更新データの誤率は0.92%で、全数を母集団と考える場合には、いずれも合格となります。しかし、更新作業した地物 は、2,000でエラー数は(110-70)で誤率2%となります。すなわち、作業範囲の誤率が2%であるにもかかわらず、全体として0.92%であるの で合格であるということに矛盾を感じませんか?
品質要求は、空間データを扱う人に平等でなければなりません。このような問題を起こさないためには、契約上の加除訂正範囲の品質検査を行うことが必 要と考えています。勿論、GISを利用する立場から見れば、更新データ全体の品質検査は欲しいところです。契約の責任範囲が加除訂正の範囲であれば、更新 データ全体の品質検査は、行う必要がないと考えています。しかし、計画機関が更新データ全体の品質検査を必要な場合には、仕様書に例え不合格でも修正の責 任を問わない更新データ全体の品質検査の報告を規定すれば、問題はないと考えています。
更新空間データは、元データに手を加えていない無変更地物、元データに追加した追加地物、元データより削除した削除地物、元データを修正した訂正地 物が混在しています。責任範囲の品質検査を行うには、この中から追加地物、削除地物、訂正地物を抽出する必要があります(削除地物は、完全性の過剰に影 響)。この抽出が出来て初めて作業の把握ができ、契約上の責任範囲の品質管理を行うことが可能となります。したがって、加除訂正範囲の地物を抽出すること は重要な作業となります。 筆者は、この加除訂正範囲の地物を抽出するソフトを差分抽出ツールと言っていますが、このツールを作成して実務に活用しています。そこで、次回は差分抽出 ツールについてお話申し上げます。