座標系講座 生活編
第1回 その1 – 測量法に基づく測量の基準
2020年03月16日
はじめに
連載「座標系講座」でお話ししましたように、衛星測位の高度化に伴って,地球上の正確な位置が容易に求まるようになりました。国民生活にとって、土地の境界や水道配管における高低差の把握は、位置を決める座標に基づいて設計されます。その地上の位置は、測量法第11条で定められた位置の基準に基づいて決められます。すなわち、衛星測位によってどんなに正確な位置情報であるcm級の座標を測定したところで、私たちの生活の場である地上での受け入れ態勢が整えられていなければ、有効な活用になりません。例えば、正確に作成されていない地図であれば、衛星測位の位置と地図上の位置がずれます。例えば、カーナビの地図が正確でなければ、衛星測位による自車の正確な位置は決められません。また、日本列島は年平均数cmに及ぶ地殻変動が生じています。大きい所では、時間経過によって精密単独測位(PPP)の位置が1m以上ずれてしまっています。
以上のように、正確な衛星測位は、測量法によって私たちの生活の場に活用されるようになります。以下、測量法上の位置の取り決めを中心に考察を行いたいと思います。
第1回 測量法に基づく測量の基準
測量法に基づく測量の基準は、明治時代における天文測量及び三角測量によって構築された「日本測地系(Tokyo Datum:TD)」及び衛星測位に基づく世界測地系である「日本測地系2000(Japanese Geodetic Datum 2000 : JGD2000)」があります。更に、2011年東北地方太平洋沖地震後に更新された「日本測地系2011(Japanese Geodetic Datum 2011 : JGD2011)」があります。以下にこれらの解説を行うことにします。
1. 日本測地系の測量法第11条(測量の基準)
最初につくられた測量法(昭和24年法律188号)は、古い測量技術である天文測量及び三角測量によって位置が決められました。測量法第11条は、①地球の大きさとしてベッセル楕円体の長半径6,377,397.155m及び扁平度1/299.152813を定め ②座標系として楕円体座標系及び平均海面からの高さを定め ③測量の出発点である原点の地点として日本経緯度原点(東京都港区麻布台)及び日本水準原点(東京都千代田区永田町)を定め、その数値は測量法施行令で定めました。施行令第2条は、①日本経緯度原点の緯度、経度及び鹿野山一等三角点の方位角を定め ②日本水準原点の東京湾平均海面からの高さを定めました。これらの内水平位置は、「日本測地系(Tokyo Datum)」と呼ばれています。
1.1 日本測地系の日本経緯度原点の緯度及び経度の偏り
上記に示した日本経緯度原点の「測地原子」である緯度及び経度は、水平面に直交する重力の方向である鉛直線を基準とした天文測量に基づいたものです。日本経緯度原点において、重力による鉛直線と楕円体の垂直線が一致すると仮定し、天文緯度及び経度が、楕円体面上の緯度及び経度とされました。天文緯度及び経度に対して、楕円体面上のそれは測地緯度及び経度と呼びます。しかし、日本海溝の影響等で日本経緯度原点がある東京付近の重力方向は大きく傾いていました。すなわち、日本経緯度原点付近は水準面であるジオイド傾斜が大きい位置にありました。図1及び図2は、日本経緯度原点を通過する南北(緯度)及び東西方向(経度)のジオイド高を示したものです。日本経緯度原点付近の楕円体面に対する水平面であるジオイドの傾きは、緯度及び経度共に約12秒でした。
図1 日本経緯度原点のジオイド傾斜(緯度)
図2 日本経緯度原点のジオイド傾斜(経度)
図3に示す日本測地系の日本経緯度原点の位置のずれ(偏り)450mは、次の概略計算に示すように、鉛直線偏差による影響が主要な原因です。
・南北方向のずれ=子午線曲率半径(6355000m)×12秒/206265秒=370m
・東西方向のずれ=卯酉線曲率半径(6385000m)×12秒×cos(緯度)/206265秒=300m
・合計のずれ=√{3702+3002}=476m
図3 日本測地系の位置のずれ(国土地理院による)
1.2 日本測地系の三角網
図4に示すように、1883年から開始された一等三角測量は、日本経緯度原点を出発点として、関東及び遠州地方の三角網が決められ、その三角網は日本全国へ延長されました。この測地基準系は、既に述べましたように、「日本測地系(Tokyo Datum)」と呼ばれているものです。
図4 武遠三角網(経緯度原点、鹿野山一等三角点、相模野基線)
1.3 日本の鉛直基準座標系(標高系)
一方、高さは、図5に示す国道沿いに配置された一等水準測量網が、明治16(1883)年から、当時の陸地測量部により組織的に開始されました。それ以降9回余りの繰り返し測量が行われてきました。水準点は、主要国道沿いに約2km間隔で設置されていて、現在約1.4万点が、国土地理院によって管理・運営されています。これらの水準点を基準として各地の高さが決められてきています。
図5 一等水準測量網(国土地理院による)
一等水準測量等水準測量の成果に基づいて三角点の標高が決められました。三角点標高は、距離及び高度角により決められ、水準測量の成果より正確さに欠けるものです。
以上が、「日本の鉛直基準系(標高系)」です。
現在、国土地理院が管理している三角点等の基準点は表1のとおりです。
表1 国土地理院が管理する三角点等の基準点数(2018年4月1日現在)
http://www.gsi.go.jp/common/000188855.pdf
2. 世界の測量の基準
衛星測位になる前の天文測量による測量の基準は、100m単位のずれが生じていました。図 6は、米国のGPS測量により確かめた世界の主な国の測地基準座標系の誤差です。
図6 米国のGPS測量により確かめた世界の主な国の測地基準座標系の誤差
出典:DMA(Defense Mapping Agency) Technical Report,1987
世界の約3割の国(アジア地域では約5割の国々)では、今でも地球上の位置の基準がずれていて、衛星測位で計測した位置と地図上の位置が一致しません。そのため、2015年2月26日に、その改善を目的とした国連総会決議が行われました。測量の分野では初の決議ということです(参考文献1.宮原伐折羅,2015 )。