連載
第8回 測地基準座標系
2018年03月16日
8.測量・地図のための測地基準座標系
前回まで、衛星測位(宇宙測地技術による測位)のための座標系として地球基準座標系と天体基準座標系及び二つを結び付ける地球回転パラメータなどのお話をしてきました。今回からは、締めくくりとして各国の位置の基準である測地基準座標系(測地系)について解説したいと思います。人間は古代から自分たちの住むこの地球という星について、その大きさや形、そして自分が地球のどこにいるのかという位置を決めるために大きな努力を払ってきました。紀元前240年頃にエラトステネスが地球を球と仮定し、同じ経度にある2地点において、その間の距離と太陽高度から求めた地球中心角を測って地球の大きさを決めた話は有名です。現在では地球は少し上下につぶれた回転楕円体(地球楕円体)でよく近似されることがわかっています。地球楕円体を決めて地球にあてはめると楕円体面上に地理座標(λ,φ,h:経度,緯度,高さ)が定義できるので測地学では準拠楕円体と呼び、地心直交座標系である地球基準座標系 (X, Y, Z) とともに測地基準座標系を構成しています。
8.1 準拠楕円体
地球表面には複雑な起伏があり水面もありますから、測量や地図作成ではそれを近似して普遍的で使いやすい形が求められてきました。第一近似は球ですがある程度の広がりを持った領域を考えると誤差が大きくなり測量には適しません。近・現代では測量や人工衛星観測などにより楕円を短軸の回りに回転した回転楕円体である地球楕円体によって地球の形状が近似できることがわかりました。もちろんさらに精度を上げて3軸がすべて異なる楕円体やジオイド(8.2参照)によって地球表面を表すことは可能ですが、数学的に複雑になり実用的ではありません。そこで少ないパラメータで表すことができる回転楕円体が測地学・測量計算で基準面(水平面)として使われているのです。
地球楕円体の形を決めるパラメータは、赤道半径aと、極半径bあるいは扁平率 f=(a-b)/a です。人工衛星時代以前に地球楕円体を決定する方法は以下のとおりです(図1)。楕円上の点(緯度φ)での曲率半径Mはaとbから決まります。Mは、同じ経度をもつ2点間の子午線弧長S(三角測量による)と地理緯度差△φ(天文観測による)からM=S/△φと計算できます。従ってMを2か所以上で決めれば2つのパラメータが求まることになります。ただし、測量は局所的なので得られた楕円体は部分的に地球表面にフィットしても全体でみると大きくずれる可能性があります。かつての日本測地系は、Bessel(ベッセル)楕円体(表1参照)を東京付近で合わせたため楕円体の中心が実際の地球重心とは大きく(約900m)ずれていました。
現代では、表面が等ポテンシャル面(万有引力+遠心力のポテンシャルが等しい)となる等ポテンシャル楕円体の理論を基に地球楕円体が定義され、人工衛星による地球観測の発展によって以前より格段に実際の地球の形に近い楕円体が定義されています。現在の値は1979年のIUGG総会においてGeodetic Reference System 1980 (GRS80) として決議されました。
GRS80楕円体は中心が地球重心と一致する等ポテンシャル楕円体で、以下の4つの定数から定義されます。
地球赤道半径:a=6378137m
大気も含んだ地球の重力定数:GM=3986005×10⁸m³s⁻²
地球の力学的形状係数:J₂=108263×10⁻⁸
地球の自転角速度:ω=7292115×10⁻¹¹rad s⁻¹
GRS80楕円体は古典的な楕円体とは異なり、幾何学的な基準面と同時に基準となる重力場(正規重力場)も与えるように定義されたことになります。また、その他の幾何学的定数、例えば極半径bや離心率eなどはこれらの定数から計算できます。
さらに、短軸は地球基準座標系のZ軸、基準子午線はX軸方向に取れば、地理座標と地球基準座標系の直交座標との換算が可能になります。IERSは準拠楕円体としてGRS80を推奨しています(参考文献1)。
注)WGS 84楕円体の定義はGRS80と同じですが、 J₂とは違う係数を使って計算されました。この二つは定数倍しか違わないのですが、の値を途中で切り捨てたため扁平率にわずかな差が出ています。その差は極半径において0.1mm程度なので、もちろん実用上は問題ありません。
8.2 楕円体とジオイド、標高
地球表面を表すものとしては、地球楕円体のほかにジオイドがあります。ジオイドは、地球重力の等ポテンシャル面のうち平均海面に極めて近いもので標高の基準とされているものです。厳密にはポテンシャルの値(W)が地球楕円体面のポテンシャル値 (U₀)と等しくなるような等ポテンシャル面(W=W₀=U₀) として定義されています。ジオイドは物理学的に定義された面であり、地球内部の物質分布を反映した複雑な凹凸があります(図2)ので、精度よく決めるのは容易ではありません。人工衛星観測を使うと地球全体を見た大まかな形が得られますが、各国・地域単位の細かなところまではわかりません。そこで各国は人工衛星による重力モデルから得られたジオイドを基に、稠密な重力測量データを加えて国地域単位のジオイドモデルを構築しています。
測量で使う高さは、ジオイド(≅平均海水面)を基準として等ポテンシャル面に垂直な曲線に沿った距離、として定義されます。これが標高で水準測量から得られます。GNSSでは楕円体面に垂直な距離(楕円体高)が幾何学的に得られますが、標高を直接求めることはできません。衛星測位からは、以下の式を使って標高を近似的に求めることができます。
H=h-N
ここでHは標高、hは楕円体高、Nはジオイド高で、ジオイドの楕円体面からの高さです。
略語集
GRS80 Geodetic Reference System 1980 測地基準系1980
IERS International Earth Rotation and Reference Systems Service 国際地球回転・基準系事業
IUGG International Union of Geodesy and Geophysics 国際測地学地球物理学連合
WGS 84 World Geodetic System 1984 アメリカ国防省による世界測地システム
参考文献
- Petit, G. and Luzum, B.(eds.), IERS Conventions (2010), IERS Technical Note; No. 36, 2010.
- Department of Defense World Geodetic System 1984 (WGS 84), NGA Standard, NGA.STND.0036_1.0.0_WGS84, 2014-07-08.